1999年第7回大会 私の出場レポート

開催日 1999/10/23(土)~24(日)
当日の天候 晴れ。スタート時はちょっと暑いくらい。夜は冷え込んだ
私の記録 第1関門浅間峠にてリタイヤ(スタートから22km、第1関門通過時間 8時間4分56秒)
言い訳 大会2週間前に腰痛でヘルニアと診断された。身体を動かしていると、とりあえず痛みが引くので一応出場はすることとし、無理はせず行けるところまで行って早めにリタイヤしようと思った。


1999/7/2 東京都山岳連盟より「長谷川杯開催のお知らせ・大会要項・申込書」がとどく。前年出場した人には申込書が送られてくる。
1999/7/27 郵便局に振込・申し込みに行く。同時に前年のレース報告書(B5、120ページ、\900)と公認マップ(\1100)も申し込む。

報告書はレースの様子がよくわかるので初出場の人も見ておくといいかも。公認マップはコース全域が載ったただの登山地図なんだけど、市販の登山地図だとコースが一部「奥多摩」からはみだして「高尾・陣馬」にまたがるので買っておくと便利。
当日
11:07 JR武蔵五日市ホームは参加者がいっぱい。
11:43 受付を済ませ、控え室(体育館)の中。ゼッケンと計測用のチップ。今年は初めて着替えなど荷物は控え室に置いておくことにした。去年はそこまで考えてなくて全部背負って走った。山ヤだからそのような発想になった。
12:04 受付の五日市市民会館。向かいにスタート地点の五日市中学校がある。
12:49 開会式あとスタートの準備。「20時間」のところに並ぶ。
13:03 スタート直後。はじめの4kmくらいは普通の道だ。先頭は飛ばしているが後のほうグループはダラダラ歩いている。
14:46 入山峠付近。追い越せないから、なんだか規則正しく列になって歩いている。
15:22 吊尾根付近。まだ明るい、なだらかな道。このころはまだヨユー。
15:41 10km地点。ペース的には去年と同じくらいだった。
16:49 コースを示す表示灯。写真ではわかりにくいがピカピカ点滅してる。これが400mおきにある。もう暗い。ヘッドランプは5:10に装着しました。
18:58 茅丸付近。そろそろ腰が痛くなってきた。完全に痛くなると下山さえ出来ないので、第2関門(42km)までは行けないだろうと思い、第1関門でリタイヤしようと決意した。そうなると急ぐことはない。ペースを落とす。
18:58 空を見る余裕が出来た。振り返ると満月と市街地の明かりが見える。ブレてます。
19:22 三国山。汗が冷えると寒い。
19:47 20km地点。奥宮付近。なんか去年と場所がちがうなー?。
21:03 第1関門の浅間峠。1分後リタイヤ申告。リタイヤしなくてもこの時間にこのへんウロウロしているようでは完走は難しい。
21:46 リタイヤ者10人+役員1人が下山中。そのあとにもさらにリタイヤグループがいる。
23:26 スタート地点まで戻ってきた。控え室の体育館。ガランとしている。この時間で既にゴールした人が数人いる。もう電車ないのでここで仮眠をとる。そのことまでは考えてなかったので準備はしてない。床が痛い、寒い。
5:10 ゴールゲート。やっぱ、完走できるのはいいなぁと思った。さすがにトップレベルの人は装備が少ない。水とか食料とか少しでいいんだろうなぁ。山ヤはどうしても重装備になりがち。
5:28 JR武蔵五日市駅。チップを返却してスタート会場まで戻った人はもう勝手に帰っていいのだ。


一覧へもどる